意外と怖い「グリセリン浣腸」、直腸穿孔や溶血など起こり得るトラブル8つ|排便ケアを極める(2)
現場でしばしば行われるグリセリン浣腸ですが、重大な事故の報告もある、危険を伴う処置です。
今回はグリセリン浣腸で起こり得るトラブルを中心に、その予防や対策を紹介します。
執筆:佐々木巌(大阪肛門科診療所 院長)/佐々木みのり(大阪肛門科診療所 副院長)
グリセリン浣腸の実施方法
グリセリン浣腸とは、直腸内に50%グリセリン液を注入して排便を促す処置のことです。
術前処置または便秘の治療として、直腸内容物を除去するために行われます。
浣腸は一般的な処置ですが、腸管穿孔や溶血、血圧低下などさまざまなリスクがあり、実施には注意が必要です。
【グリセリン浣腸実施の手順】
1 処置前に問診で直近の排便状況を確認。さらに、腹部を触診し、お腹の張り具合を確認しておきます。
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2 患者さんの体位は左側臥位とします。
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3 浣腸を行う前に、必ず実施者自身で直腸指診を行い、直腸の向きや中の状態を把握します。
※事故の予防のために極めて重要です。特に直腸内に大量の硬便があるときは穿孔のリスクが高いため、摘便を先に行うことを検討してください。
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4 グリセリン浣腸のストッパーを5cmの位置に合わせます。
※添付文書には6~8cmにストッパーを合わせるように書いていますが、安全のためには5cmを筆者は推奨しています。
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5 浣腸のチューブの先端にゼリーをつけます。
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6 実施者の左手で患者さんの肛門付近を開き肛門を直視します。
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7 左手はそのままに視線を移動して、右手で浣腸のチューブの先端付近を持ちます。
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8 再び視線を肛門に戻して、肛門やストッパーを直視しながらチューブを肛門内に静かに、5cmのストッパーの位置まで挿入します。
※スムーズに挿入できない場合:直腸指診のときに確認した直腸の方向に沿うようにチューブの向きを変えてみてください。分からなくなったら一旦中止し、再度、手順3の直腸指診からやり直してください。
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9 グリセリン液をゆっくり注入します(60mLの液を15〜30秒かけて注入するくらいのスピード)。
※注入に抵抗がある場合、そのまま注入するのは危険です。チューブの先端が障害物(直腸壁または便塊)に当たっています。抵抗なく注入できる位置まで少しずつチューブを引き戻し、その位置で注入してください。
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10 チューブを静かに抜去します。この時、注入したグリセリン液が漏れてしまわないように、患者さんに声をかけて軽く肛門を締めてもらいましょう。
【グリセリン浣腸実施の注意点】
浣腸後、排便するまで我慢する時間は、患者さんごとに個人差はありますが、通常は1〜3分程度で十分です。
少しくらいは我慢してもらった方がよいのですが、出したいのを一生懸命こらえてもらう…というのは不適切。
長時間我慢すればそれだけ浣腸の効果が高いという考え方もあるようですが、迷走神経反射による血圧低下の原因となる可能性があり危険です。
たとえ1分以内でも、問題なく出せそうなくらいに便意が高まったら出してもらいましょう。
また、浣腸後の便の出方は、液と便が一緒でも、液だけが先に出ても、どちらでも構いません。
中には、液と便が同時に出ないと浣腸の適切な効果が得られないと考えている人もいるようですが、そうではありませんので、気にする必要はありません。
グリセリン浣腸で起こり得るトラブル8つの予防法&対処法
起こり得る8つのトラブルの予防法や対処法を紹介します。
危険度を★~★★★で表していますので、参考にしてください。
トラブル1:ストッパー残存(危険度=★★)
信じられないトラブルですが、実際に直腸内にストッパーが残存した事故が報告されています。
【原因と予防法】
●普段と違って挿入が難しく、実施者が焦って無理な力が入り押し込んでしまう
⇒ 処置前に行う直腸指診をしっかり行いましょう
処置前に直腸指診でどうすれば容易にチューブを挿入できるか予想を立てるようにします。
直腸肛門角の形、直腸内に溜まっている便の量・硬さ・形を確認しておくとチューブの挿入がスムーズになります(トラブル2参照)。
●ストッパーの機能を誤解している
⇒ ストッパーはこれ以上チューブが深く入らないためのものと覚えておきましょう
ストッパーは肛門の中に挿入してはいけません。
もしも挿入するものと誤解していたら、ここで正しく理解してください。
●チューブ挿入時にストッパーを見ていない
⇒ チューブを挿入する際は、必ず肛門とストッパーを直視しながら行いましょう
肛門ばかり見て、ストッパーに意識がいかず、誤挿入する可能性があります。
【起きてしまったら】
肛門の締まりが非常にゆるい患者さんなら、摘便の要領でゆっくり摘出します。
肛門の締まりが強い患者さんでは麻酔下に摘出しなければいけない場合があるため、医師に相談します。
トラブル2:チューブが入らない(危険度=★〜★★★)
チューブの先端が途中でつっかえてしまい、挿入できないトラブルがあります。
【原因と予防法】
●障害物に突き当たっている
⇒ 処置前の直腸指診で直腸内の状態を把握しておきましょう
チューブは確実に肛門に入れているのに2~3cmまでしか挿入できない場合は、チューブの先端が何かの障害物に突き当たっています。
障害物が直腸の曲がり角※の場合、このままグリセリン液を注入すると溶血や直腸穿孔を起こすことがあり危険です。
そのときは、一度挿入をやめて再度直腸指診を行い、障害物が何かを突き止めます。
※直腸は肛門から3~4cmの場所で、約90度仙骨方向に折れ曲がっています。その曲がり角のことを直腸肛門角と言います。
【起きてしまったら】
ほとんどの場合、障害物になるのは「巨大な硬便の塊」か「直腸肛門角」のどちらかです。
●巨大な硬便が障害の場合
巨大な硬便が障害物の場合は、先に示指が挿入できるスペースができるまで摘便を行い、さらに肛門を通る大きさになるまで便を砕いて、それから浣腸を行います(摘便や便を砕く方法は摘便の記事参照)。
●直腸肛門角が障害の場合
明らかな硬便の塊がないのにチューブが挿入できないときは、直腸の曲がり角に当たっていると考えます。
そのまま強い力で挿入を続けると粘膜を傷つけたり、最悪の場合、直腸穿孔となったりすることがあり危険です。
直腸指診のときに確認した直腸の方向に沿うようにチューブの向きを変えてみてください。
直腸指診では示指が十分な距離まで挿入できるのに、浣腸チューブが入らない場合は、無理せず先輩ナースに相談しましょう。
トラブル3:グリセリン液の肛門からの漏出(危険度=★〜★★★)
グリセリン液を注入しようとすると、グリセリン液が直腸に入っていかず、漏れてしまうことがあります。
【原因と予防法】
●浣腸チューブの先端が障害物に突き当たった状態のままグリセリン液を注入している
⇒ 処置前の直腸指診で直腸内の状態を把握しておきましょう
処置前に直腸指診をすることで防げる可能性が高いトラブルです。トラブル2でも取り上げたように、障害物は硬便の塊か直腸の曲がり角です。
チューブの先端が障害物に突き当たったままグリセリン液を注入しようとしても、抵抗感があり簡単には入りません。力を込めてグリセリン液を出すと、グリセリン液が肛門から漏出することがあります。特に、直腸の曲がり角に突き当たっていると、最悪の場合、直腸を穿孔させるケースもあります。
グリセリン液がスムーズに注入できない場合は一度注入を中止してチューブを抜き、直腸指診からやり直します。その後はトラブル2を参照。
●肛門括約筋の締まりがゆるくてグリセリン液を保持できない
⇒ トラブル4参照
【起きてしまったら】
漏れてしまったグリセリン液を素早く拭き取りましょう。その上で、患者さんの状態をアセスメントし、坐薬や摘便など他の方法を検討します。
トラブル4:便失禁(危険度=★)
医学的なリスクではありませんが、便失禁は患者さんの尊厳にかかわる大問題です。
また、今後の医療行為に対する不信感につながることもあります。
【原因と予防法】
●肛門括約筋の締まりがゆるくてグリセリン液を保持できない
⇒ 処置前の直腸指診で肛門括約筋の強さを確認しておきましょう
そもそも高齢者などの肛門括約筋の筋力が弱い人には浣腸は不向きです。グリセリン液は入れたそばから全部出てしまいますし、効果もあまり期待できません。
筋力がゆるくてグリセリン液が全く保持できないと思われる患者さんに対しては、新レシカルボン®坐剤やテレミンソフト®坐薬など固形の坐薬を使用することを検討してください。
●浣腸後に我慢させすぎる
⇒ 患者さんの便意が高まったら1分以内でも排便してもらいましょう
浣腸を我慢する時間には正解はありません。自分自身でやってみるとわかるのですが、健常者でも浣腸後に3分以上我慢できる人は少数です。
添付文書には浣腸後3〜10分で排便と書いていますが、「こんなに我慢させたら失禁して当たり前!」と心得てください。
【起きてしまったら】
患者さんの羞恥心に配慮し、できるだけ素早く清拭や陰部ケアを行いましょう。また、換気には十分気をつけましょう。
失禁に備え、タオルなどを準備しておくことがポイントです。
トラブル5:腸粘膜損傷(危険度=★★)
摘便の併用やチューブ挿入時の力の入れすぎなどで、腸粘膜を傷つけてしまう可能性があります。
【原因と予防法】
●摘便 または 浣腸のチューブで損傷する
⇒ 摘便 または 浣腸チューブの挿入は、腸粘膜を傷つけないよう慎重に行いましょう
摘便と浣腸を併用するケースでは、腸粘膜を損傷する可能性が高くなります。
いずれも機械的な損傷で、出血を認めれば腸粘膜を損傷したと判断します。
損傷の状況によっては直腸穿孔となる可能性があり危険です。十分に注意して行ってください(摘便は関連記事を、チューブによる損傷の予防はトラブル2参照)。
【起きてしまったら】
怖いのは命のリスクがある大量出血と直腸穿孔です。
鶏卵大以上のコアグラ(血液が固まったもの)または出血を認めた場合、大量出血の予兆かもしれません。浣腸の実施中に発見した場合は、一旦中止して医師に相談してください。
なお、すでに入れてしまった浣腸による排便は制限せず、出してもらってください。
腹部に反跳痛などの穿孔のサインがあれば浣腸を中止して、医師に速やかに報告します。
高齢者は半日以上たってから穿孔のサインが出現することもあり、処置後24時間は腹痛がないか、苦しそうにしていないか、発熱がないか、注意します。
トラブル6:迷走神経反射(危険度=★★〜★★★)
グリセリン液やチューブの挿入が刺激となり、迷走神経反射が起き、気分不良や血圧低下がみられることがあります。
【原因と予防法】
●急激に薬液を注入する
⇒ 注入スピードが早くなりすぎないように注意しましょう
浣腸の薬液を急速に注入すると、直腸容積が急激に変化して迷走神経反射が起きることがあります。
60mLの浣腸を注入する際は、通常は15秒から30秒かけましょう。虚弱な患者さん、全身状態が悪い患者さんの場合はさらに、もっとゆっくり注入します。
●浣腸後、我慢させすぎる
⇒ 患者さんの便意が高まったら1分以内でも排便してもらいましょう
直腸の過剰な伸展も迷走神経反射を引き起こします。
したがって、浣腸の後に長時間我慢させるのは危険です。
通常は1〜3分が多いですが、患者さんの便意が十分に高まったら時間にこだわらず1分以内でも排便してもらいましょう。
●患者さんの体質・体調に問題がある
⇒ 過去に浣腸で気分が悪くなったことがないか確認しましょう
極端なケースでは直腸指診をしただけで迷走神経反射が起こって、脂汗・気分不良が起きる体質の人もいます。このようなタイプの人には浣腸は危険です。医師に相談すべきケースです。
また、普段は大丈夫なのに体調によって少しだけ具合が悪く感じるという人もいます。
とにかく我慢のさせすぎはリスクが大きいため、「最低〇〇分は我慢して!」といった具体的な我慢する時間は指定しないようにしましょう。
【起きてしまったら】
重度の迷走神経反射では心停止が起きる場合もあります。全身状態を確認し、応援を呼ぶなど院内のルールに従って急変対応を行いましょう。在宅の場合は、救命処置を行い、医師に緊急連絡をします。
意識がある場合は、下肢挙上して血圧の回復を待ちます。
トラブル7:直腸穿孔(危険度=★★★)
直腸穿孔はグリセリン浣腸の重大なリスクの一つです。
【原因と予防法】
●立位でダグラス窩が下降している
⇒ 立位での実施はリスクが高いので、原則禁忌です
ダグラス窩は直腸内部と腹腔が直腸壁1枚で接している、一番穿孔しやすい部分です。立位では腹腔内臓器の重量のためにダグラス窩が下降し、肛門から近くなります。
そのため、立位での浣腸はリスクが高く禁忌とされていますので、基本的には左側臥位で行いましょう。
●大量の硬便で引き延ばされ薄くなった直腸壁にチューブの先端が当たっている
⇒ 大量の硬便がある場合、先に摘便を行いましょう
風船はパンパンに膨らませると簡単に穴を開けることができますが、しぼんでいるときは案外穴が開きにくいものです。
それと同じように、直腸もパンパンに中身が詰まっているときの方が穿孔は起こりやすいと推測できます。
直腸が硬便でパンパンになっているときには、浣腸による穿孔リスクが高いので先に摘便を行うようにしましょう。
●「効果的な浣腸のためにはチューブの挿入は長い方が良い」という意識がある
⇒ 安全性を優先し、深く挿入しすぎないようにしましょう
チューブを深く挿入すると本当に浣腸は良く効くのかについては結論が出ていません。安全性を優先し、チューブの挿入は5cmまでとするよう筆者は推奨しています。
【起きてしまったら】
反跳痛を伴う腹痛があれば直腸穿孔と即座に判断し、医師に速やかに報告します。
浣腸後24時間は腹痛がないか、苦しそうにしていないか、発熱がないか注意しておきましょう。
トラブル8:溶血(危険度=★★★)
グリセリン液が血管内に入ると、赤血球が破壊される溶血を起こします。
グリセリンの流入スピードが急速だと重症化し、腎不全から死亡に至るケースがあります。
軽症であれば回復します。初期症状は血尿と言われています。
【原因と予防法】
●直腸粘膜が損傷している(摘便、肛門手術、チューブの先端による損傷など)
⇒ グリセリン浣腸液が損傷部から血管内に入る可能性があるので、浣腸器の挿入は慎重に行いましょう
直腸粘膜を損傷すると、グリセリン液が血管に入り、溶血が起こる恐れがあることが知られています。
そのため、下記のような点に気をつけましょう。
● 浣腸前に摘便をする場合、直腸粘膜を傷つけないように慎重に行う
● 浣腸のチューブを挿入する際は、強い操作を行わない
● 万が一、直腸粘膜を損傷している可能性を考慮し、グリセリン液にさらされる時間が長くならないよう、浣腸後に排便を我慢する時間が長くなりすぎないように気をつける(便意が高まれば1分以内でもOK)
● 摘便で直腸粘膜を損傷していることがわかっている場合、グリセリン浣腸を行わない
また、私見ですが、血管内にグリセリン液が入る可能性をイラストで示しました。
直腸粘膜の損傷部から入る可能性や、チューブの先端が直腸粘膜にグッと突き刺さった状態で注入してしまう可能性などが考えられます。
考えられる対策は、普段からグリセリン液の注入時に浣腸器を強く握らないことです。浣腸は正しく行えば、グリセリン液の注入はスムーズに行えるので、強く握る必要はないからです。
【起きてしまったら】
血尿が見られたら、すぐ医師に報告します。また、浣腸の直後から翌日までは、血尿が出ないか十分注意する必要があります。
参考文献
1)吉良いずみ.1983年から2011年の日本におけるグリセリン浣腸に関する文献レビュー.日本看護技術学会誌.11(1),2012,90-97.
2)栗田愛,佐藤好恵,篠崎惠美子ほか.グリセリン浣腸による損傷部位や 有害事象についての文献検討.日本看護技術学会誌.9(2),2010,67-73.
3)香春知永,大久保暢子,小板橋喜久代ほか.臨床およびテキストからみたグリセリン浣腸の実施方法の現状と課題.日本看護技術学会誌.6(2),2007,34-44.
4)春田佳代,山幡朗子,篠田かおるほか.安全な浣腸カテーテル挿入の長さ:成人下部消化管造影画像を用いての検討.日本看護研究学会雑誌.34(5), 2011,71-75.
5)杉原尚.Glycerolによる赤血球溶血―臨床的及び実験的研究―.臨床血液,24(8),1983,1012-1019.
佐々木 巌 ささき・いわお
大阪肛門科診療所 院長。
1995年大阪医科大学卒。同年より社会保険中央総合病院(現 東京山手メディカルセンター)大腸肛門病センターに勤務。1998年大阪肛門病院を継承。2007年大阪肛門科診療所と改称し、現在に至る。
日本大腸肛門病学会認定大腸肛門病専門医、日本大腸肛門病学会認定大腸肛門病指導医(ⅡB領域=肛門科領域)。
佐々木 みのり ささき・みのり
大阪肛門科診療所 副院長。
1994年大阪医科大学卒。大阪大学医学部皮膚科学教室入局。以後、大阪大学医学部付属病院、大手前病院、東京女子医科大学などで皮膚科医として4年間勤務。1998年皮膚科医から肛門科医に転身、大腸肛門科診療所に勤務し、現在に至る。日本大腸肛門病学会認定大腸肛門病専門医、日本大腸肛門病学会認定大腸肛門病指導医(ⅡB領域=肛門科領域)。
編集/看護roo!編集部 坂本朝子(@st_kangoroo)
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